2011/03/29(火) 00:08|震災

ネパリ・バザーロさんの来仙

  フェアトレードの大先輩、ネパリ・バザーロの皆さんが、釜石の帰りに仙台に寄ってくださいました(釜石での支援活動についてはネパリ・バザーロさんのサイトをご覧ください)。
 あーすらいふ仙台の方とも一緒に、ネパリ・バザーロさんに仙台での中・長期的な取り組み、「場づくり(カフェ)企画」の相談に乗って頂きました。また、ネパリさんが集めてくださった支援物資も頂いてしまいました。仙台市沿岸の津波被災地にふさわしいもの(衣類等)、仙台市内で必要なもの(ガスボンベなど)、カフェ企画にふさわしいもの(クッキーセットなど)などありましたので、有効に使わせて頂きます。どうもありがとうございました!! お会いできたことだけでも、前向きな暖かい気持ちになれました。実は、お会いした仙台市市民活動サポートセンター(今日から再開)は、地震で暖房システムが壊れていて若干寒かったのですが。ネパリ・バザーロさんのスタッフやボラティアの皆さんの寄せ書きもとても励みになります。

 その中で私がもらって良さそうで個人的に嬉しかったものは、、、羊羹。これで、しばらく頑張れる! 「被災地」で必要なものは日々変わるものです(沿岸に比べれば仙台なんて軽い「被災地」とみなが言っていますが)。
 始めの3日間は、電気もなく、キャペツや白菜を生サラダにしたり、リンゴを食べたり、チョコレートをかじったりしていました。主食が食べたかったです。もちろんお店はみんな閉まっていました。電気が通った後も、自宅には電気釜もなくまだご飯が食べられない(地震前は土鍋で炊いていました)。またリンゴか、、、電子レンジで温めて、(ネパリ・バザーロさんの!)シナモンをかけてみるか、、、と思ってハッとしました。「パンがなかったらケーキを食べればいい」 卵も牛乳もありませんでしたが、小麦と豆乳とリンゴ、シナモンを使ってオーブンレンジでケーキを作りました。久々に暖かいものを食べて大満足でした(1週間前に青森の友人から頂いたリンゴがあって助かりました)。
 その後、「福島原発のこと」で書いたように、いったん新潟へ。それ以前に夫と子どもを山形空港に車で送ったときには、近所の避難所向けの物資を詰め込んで仙台に戻ったのですが、新潟から戻るときは高速バス。少なくても自分が必要なものは自分で用意しようと(仙台で並んで買ったら他の人の分が減るので)、カセットコンロと電気釜と電気ポットを手に持って仙台に帰りました。これで、ご飯が食べられるようになりました。また、いつも野菜を配達してくださっている宮城県北部の農家の方が、こんなときにもガソリンをかき集めて野菜と卵を持ってきてくださって大感激(卵は仙台市内でかなり品薄です)。
 そうなると人は贅沢なもので。今度は甘いものが食べたくなってきました(私は、もともと甘いもの好きなのですが)。ストレスがたまってきたこともあるでしょう。でも、お店の棚は空っぽ。
 話が長くなりましたが、そんなときの羊羹だったのです。まだもったいなくて開けていません。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=11



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