2011/04/04(月) 22:07|震災

復興へ?

  地震から4週間目に入りました。
 仙台には2週間何もありませんでしたが、3週目で多くの物資が入ってきて買い物ができるようになりました。ガソリンは昨日、突然手に入りやすくなりました。数日前まで仙台中心部では夜中に並ばなければならなかったのに。動きたいときに動くことができる、物が運べる、ということで少し気持ちがほっとしました。放射能のことがなければ少々遠くても自転車で動くのですが。実際、自転車で通勤する人たちが増え、自転車がよく売れているそうです。普段なら省エネで健康的といえる話ですが、すっきりせず残念です。いずれにしろ、地震から4週目、いま第2段階に入ってきたと思います。
 ガソリンが十分回ってきたことで、沿岸への細かい支援も進むことを願っています。

 「羊羹が嬉しかった」と書いたためか、幾人もの方から和菓子が届きびっくりしました。どうもありがとうございました!! なかなか報告できずにいるのですが、「場づくり」企画進んでいますので、頂いたお菓子は(自分で食べるだけでなく!)大事に使わせて頂いています。

 仙台市内中心部では、少しずつデパートなども開き始めていますが、古い商業ビルの中は倒壊の危険のため立ち入り禁止になっているところも多く、まだ閉まっているお店も多くあります(まだ毎日、中規模の余震があります)。とくに飲食店はガスも出ないことから通常営業ができず、プロパンガスを使って料理したものを路上で売っていたりします。家賃の高い仙台の街中で、通常営業ができずに3週間以上というのは経済的に大変厳しいことです。
 近所の魚料理屋さんは、地震の翌日からプロパンガスでつくったご飯や魚のフライをお店の前で販売してくださってとても助かったのですが、いまも同じスタイルで販売しています。地震で業務用冷蔵庫が壊れたがそういう部品の倉庫が津波で流され、東京から部品が来ないと通常営業できないとのだそうです。
 今日、10月に民事再生法での再生を申請していた仙台のケーキ屋さんが、地震で店舗や工場が被害を受け、再建を断念した、というニュースが流れました。学生のときにはケーキバイキングに行ったこともあるケーキ屋さん。ただでさえ、長引く不況で東京資本のお店、外資のブランド店が増えていた仙台の街。地震によってますます仙台のお店がなくなっていくのは残念です。
 ライフラインも復旧の見通しがなく、仮設住宅の建設も半年以上かかるということで、宮城県北部沿岸部から内陸の市町村へ、行政による集団移転が始まりました。その一方、親族を頼って仙台に移住する人も増えてきています。仙台が雇用もカバーしていければいいのですが、経済的にその底力があるのか心配なところです。

 話が変わりますが。
 仙台市内でも高校や大学は大幅に始業が遅れるのですが、小中学校は11日に始まります(宮城県沿岸部の市町村では4月いっぱい休みのところもあるようです)。ただ、ガスが復旧していなかったり給食センターが壊れたりしているために給食を始めることができず、しばらくは(4月いっぱい?)午前授業となります。いま避難所となっている近所の小学校も、避難者が減ってきたこともあり11日までに避難所は閉鎖の予定なのだそうです。
 息子を仙台に戻すのか、他の県で学校に通わせるのか(4月は学校に行かなくてもいいと思うのですが、昼間行くところもなく)。まだ決めかねています。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=13



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