2011/05/28(土) 02:33|震災

チェルノブイリに思いをはせながら

  停電の中、乾電池を入れたラジオから福島原発の最初の爆発のニュースを聞いたときに頭をよぎったのは「チェルノブイリ原発から100km圏内なんて十分汚染地域だ」ということでした(仙台は福島原発から95km)。でも、本当に、チェルノブイリ周辺に住んでいる人々のように、長期間にわたって放射能汚染した水・空気・食物とともに生活することになろうとは具体的には想像できていませんでした。5月24日の原子力委員会でさえチェルノブイリ原発事故後の土壌汚染状況と福島県の土壌汚染の比較をしています。宮城県は相変わらず調査されていませんが(宮城県の丸森町の南部は、隣接する福島県伊達市や相馬市の一部と同じ汚染濃度が推測されています)。
 基準値(目安)超えのものは多くないとはいえ(調査した範囲での)宮城県内全域の牧草から放射性物質が検出されているように、身の回りのものは多かれ少なかれ汚染されているわけです。仙台でもセシウムだけでなく半減期の短いヨウ素も検出されており、まだ新しく放射性物質が飛んできていることが推測されます。東日本に住んでいる限り放射性物質を完全に避けることはできないわけですし、いままでおいしい野菜を届けてくださっているところからの野菜は迷わず子どもも一緒に食べていますが、スーパーなどで買い物をするときはどう選ぶか悩みます。基準値は安全値ではなく、我慢値なのだということを実感します。
 ここに来て、原発事故に対する仙台の雰囲気が少し変わったと思います。子どもを持つ保護者が学校や教育委員会に直接問い合わせたりしています。また、「放射線被曝から子どもを守る会」や「5年後、10年後の子どもが健やかに育つ会〜仙台支部〜」ができて、情報交換をしたり、仙台市教育委員会に要請書を出したりということが始まっています。仙台では学校ごとの測定も何も行われていませんので、まず、安心して暮らせるよう情報公開・共有を求めています。プールの掃除も懸念材料でしたが、息子の学校は既に3年生が清掃をしてしまったそうです、、、。

 もう新しく飛んできている量は少ないだろうから降り積もったセシウムをどかすだけと思い、他いろいろ考慮した上で子どもをGWで仙台に戻しましたが、結果として読みが甘かったわけで、子どもの再避難についてすごく悩んでいます(自宅敷地内でのホットスポットは倉庫の雨樋の下で1.5マイクロシーベルトありました。自宅周囲の放射線量は0.13前後です。機械はウクライナ製、、、この機械の警戒値は0.3なので、側溝などを測るとピーピー鳴ります)。子どもの健康被害のリスクを考えるならば遠くへ行った方がいい。でも7歳の子をまた親と離すにはためらいがあります。私が移住する決断もつきません。残るからには、ここでみんなで顔を合わせ「地震・津波・原発事故」のトリプル災害の中で暮らして行く方法を探していかなければなりません。仙台でさえ、です。これまでの当たり前の生活が終わり、放射能とともに生きていく生活が始まったことにぼう然とします。

 低線量被曝による健康被害リスクはあくまで確率の問題です。子どもがみんな病気になるわけではありません。おそらく、ガンの確率が少し上がったり、ぶらぶら病のような病気の人が少し出てくる「だけ」。
 原発事故がなくても、若くしてガンで亡くなる人がいます。ブログに書くかどうか迷いましたが、私は数年前に、妹をガンで亡くしています。32歳でした。その辛さを知る人が1人でも増えるのは悲しいことです。それを何度も考えてしまいます。

この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=25



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