2011/07/12(火) 13:35|震災

復興需要?

  地震から4ヶ月。私にはあっという間でした。

 前回ブログを書いてから、1ヶ月以上経ってしまいました。
 6月初めにパレスチナ・オリーブの通信『ぜいとぅーん』を発行、半ばに新シーズンのオリーブ商品が入荷してご予約順に荷造り・発送で大忙し。そんな日常と、地震・津波・原発事故というトリプル災害の非日常が同居している日々です。余震もまだ続いています。10日の地震は、三陸沖が震源で長く揺れて、小さくても津波があって、、、本震を思い起こさせる嫌な揺れでした。
 しかし、仙台の街は一見は何ともなく、むしろ県外からの出張サラリーマンの皆さんでにぎわっているという奇妙な感じです。

 3月、4月は夜7時以降は街に誰もいない状態で、飲屋街もひとけがなく、つぶれるお店も出始め(余震もひどくて、交通機関も復旧途中でみなさっさと帰ったし、なにしろ4月半ばまで飲食店のガスも出なかった)、地元新聞にも「”震閑”仙台・国分町正念場 スナック・高級店直撃」という記事が出ていました。その中で「復興で建設関係の仕事が入ってくるまでの辛抱」というお店の方のコメントがありましたが(記憶なので不正確です)、そんなにうまくいくかな、、、と心配していました。
 ところが。いま、仙台駅前も国分町も、出張サラリーマンであふれています。スーツ姿か作業着姿で、牛タン屋さんを覗き込んでいたりしているので、いかにも県外者。キャバクラなども大繁盛だと聞きました。新聞によれば、建設や保険関係が多いそうです。そして、この様子を見て「仙台はたいしたことがなかったのですね」と言われてしまう。仙台駅は天井が落ちたし(仙台駅の補修はまだ続いています)、仙台〜東京の新幹線がつながったのは4月末なんですけど、、、。
 前にも書いたように、全国のガス局の皆さんが鳴子温泉に泊まって仙台に通い、ガス管を直してくださいました。いまも、全国の行政機関の方が応援に来ています。もちろん、長期で沿岸地域に入っているNGOも多くありますし、短期で支援に訪問してくださる方も多く、仙台でお会いしたりしています。この辺は後日、別投稿します。

 でも、仙台市内はかなり「戻ってきた」ことになるのでしょう。仙台市内の二つの大きなアウトレットモールが6月中に再オープン(津波で1Fが全て水に浸かった仙台港のアウトレットモールも)。仙台駅前のジュンク堂もやっと、先週末に移転・再オープン。仙台港の倉庫をやられ、翌日配達ではなくなっていた(二日かかっていた)アスクルも、そろそろ一日で配達できるようになるようです。仙台空港もやっと電気が来て、7月下旬に空港全体が再オープン予定のようです(仙台駅〜仙台空港駅のアクセス鉄道は復旧の見通しがないようですが)。
 震災から4ヶ月。ヨドバシカメラは、ずーっと混んでいます。仙台のほぼ全ての家で、何かしら家電と食器は壊れたようですから。
 仙台に住んで20年近く、エアコンなし生活を続けてきましたが、昨年初めて、まずパレスチナ・オリーブで、商品の品質管理の面からもエアコンを使い始めました。この夏は、とうとう、自宅でも必要だと感じ、大混雑のヨドバシへ行きました(話がそれますが、やませはどこに行ってしまったのでしょう? 仙台に来て初めて、宮沢賢治の「寒さの夏はおろおろ歩き」を実感したものでしたが)。そして、忙しい店員さんをつかまえて質問。「地震でエアコンは落ちて壊れないのですか??」「地震で壊れたという話は聞きませんね〜。津波で流されたという方は買いに来られていますが。」 この返事を聞いて、(通常上部に取り付けられる)エアコンが流されるのなら全て流されているのでは??とよくわかりませんでした。さらに、取り付け工事に来てくださった方にも質問。「地震でエアコンは落ちて壊れないのですか??」「管でつながっているので、エアコン本体は傾くことはあっても落ちないんですよ。皆さん勘違いしていますが、壊れるのはエアコンの室外機なんですよ」 なるほど!それは、地震でも倒れるし、津波でも流されてしまいそうです。

 一方、地震で家の中があちこち壊れているので、地元の建設関係や電気工事の業者さんも大忙し。でも、「気の毒で、まともに修理代をもらえない。(職人さんたちを派遣するので)人件費の方がかかってしまうぐらい、、、」と、おしゃっていました。そして、仙台でも被災地全体でも震災以来変わらない風景は、屋根の上のブルーシートと重し。瓦を焼くのが全く間に合わず、数ヶ月待ちなのだそうです。

 住宅需要の増加、すなわち住宅不足の方は大変です。沿岸地域の被災者が仙台への移住したり、長期出張者向けに企業が借りたり、地震被害で住めなくなった人が引越先を求めたり。需要はあるのに、空きがないそうです。「借りたい人がいるのに物件を紹介できないのが辛い」という不動産屋さんのコメントがありました。仙台市で「全壊認定」を受け、退避すべきマンションが100棟。でも、建て替えか売却か決まらず、移転先もなく、住民が住み続けているところも多いようです。民間の賃貸アパートを仮設住宅代わりに借りるのが人気だそうですが(二年間無料で入れる)、この場合は支援物資も情報も届きにくい。そして、津波被害や地震被害を受けたアパートなどもまだまだ補修中で数が不十分です。
 仮設住宅は、仙台市でも沿岸地域でも、場所によって、便利/不便の差、大きさの差、建築材など質の差、などが大きいようです。身近にもいろいろな話を聞きます。ある県南の仮設住宅は、年配のご夫婦二人にたいして4畳半一間。しかもそのうち畳を敷いてあるのはは2畳分だけ。仕事や学校があって寝に帰るだけの場所ならともかく、ご夫婦が一日過ごすにはあまりに狭いでしょう。
 沿岸地域で、人々は海や山の自然に囲まれ広い家に住んでいましたので、狭い仮設住宅や狭い民間のアパートに移るのはなかなか大変です。また、年を重ねても田舎では畑などすることがあるけれど、いきなり仙台に来てもすることがない。

 一時的な(?)仙台の賑わいが、地元企業を助けるのか、県外資本の流入がますます進んでいる裏返しなのか私にはわかりません。震災の前から、不況で地元企業の衰退が進み、仙台駅前にはロフトやパルコなどができ、街中はチェーン店の喫茶店ばかりになり、森ビルが商業地を買っていました(具体例を出しただけで個々の企業のことに詳しいわけでも非難しているわけでもありません)。噂レベルでは、地震直後に関西の業者が木材を買い占めたとか、いま県外のあやしいリフォーム会社が入ってきているとか、、、。

こぼれ話1:パレスチナ・オリーブの斜め向かいにあるビルで倒壊の危険があったのか、地震後しばらくビルの前の歩道や道路が封鎖されていました。その後、道路の封鎖は解けたのですが、そのビルは、いま、やっとエレベーターの補修工事中なのだそうです。それで、佐川急便のお兄さん、台車も使えず、荷物を階段で手で運んでいるそうです! 地道に(地味に)大変そうです、、、暑いのに。

こぼれ話2:とある沿岸地域で聞いた話。長年の習慣で、お金を銀行などに預けず、他の家族にも言わず、自分で現金を家にしっかりためこむ年配者も多かった。津波で1,000万円以上流されてしまった人もいたそうです、、、。


 全く話が変わって。中東の動きが気になりながら(さすがにパレスチナのニュースはチェックしつつ)、震災後、なかなか国際ニュースを見る気になりませんでしたが、やっとBBCのニュースチャンネルなどを見始めました。シリアは政府による弾圧で多くの死傷者も出て、心配な状況が続いています。しかし、自分自身にとって、311以後の仙台から世界をとらえ直すのは、まだ時間がかかりそうです。


この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=26



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