2011/03/24(木) 19:44|震災

パレスチナからの電話

  日本の多くの皆様からもご心配の連絡を頂きましたが、その前に、パレスチナ地域からたくさんの電話がきました。
 3月12日夕方。まだ、固定電話がつながらず、私のPHSからも誰にもかけられず。仙台市内、東北地域の誰とも電話連絡がつかない段階でした。そこに、「地震直後から、ずっと電話していたよ。やっとつながった!」とナーブルスの石けん工場のマジュタバさんから電話が来たのです。国際電話の回線はすいていたのか、優先されていたのか(その後、中国の友人からも電話が来ました)。翌日になると、「ガリラヤのシンディアナ」のハダスさん、サーミヤさん、ロニットさんと次々に電話がかかってきました。心配は嬉しかったのですが、電気が復旧する前でありPHSの充電が十分でなかったので、その後はいったん電話は控えてもらいました。
 電気やネット回線が復旧すると、今度は、「支援したい」と「ガリラヤのシンディアナ」などから連絡がありました。シンディアナのオリーブ農家のアベッドさん、ムギーラさん、事務所兼倉庫で働くスベトラナさんやトゥージャーンさん、みんなが気にしてくれているとのこと。パレスチナの厳しい状況は変わらないのだから、私たちのことより自分たちの活動に専念して!とも思うのですが、嬉しい心遣いです。「ヨルダン渓谷ソリダリティー」からもメッセージを頂きました。私は、電気・下水・ガスが止まってるとき、ヨルダン渓谷地域やイスラエル内のアラブ・パレスチナ非公認村の生活を思い起こしていました。一時的に不便だということと、それが日常的であるということは全く違うとは思いますが。
 パレスチナにかかわる他の日本のNGOにも、パレスチナから多くの心配と応援の電話やメールが来たそうです。
 
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=6



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