前回の記事「沖縄とつながる」は多くの方に読んで頂いたようで驚きました。「いいね!」を押してくださった方が多くて嬉しかったです。今日は辺野古とのつながりの話。辺野古は何回か案内して頂いて行ったことがありますが、(たぶん当時3歳の息子と一緒に行った2007年以来)毎月、
NO BASEを郵送して頂いています。
辺野古での基地建設のために沖縄防衛局が埋立申請を沖縄県に提出しました。そして、沖縄県による埋め立て申請の告示・縦覧が6月28日からから7月18日まで行われ、「利害関係人」は意見書を出すことができました。いくつもの市民団体から、みんなが利害関係人、辺野古の海を埋め立てないように意見を出しましょう、と呼びかけられていました。
私も、書かなくっちゃ、と思いながら、日々の忙しさにまぎれて、のびのびにしていましたが、最終日にギリギリ出しました(当日消印有効)。「生物多様性」の方のサイトに琉球新報や沖縄タイムスの記事が載っています。2000通を超える意見書が出されたそうです。
選挙前。全国的な報道になってもいいとこですが、これって、日本の問題ではなくて沖縄の地域課題と思われているのでしょうか、、、!? (震災が地域課題にされてしまったように!)
ギリギリで手早く書くにも、2011年6月11日の
河北新報の社説を引用しながら、意見書を書きました。記事をアップするのはあまり良くないのでしょうが、いま河北新報のサイト上に見つけられないので、載せてしまいます。
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東日本大震災 被災3ヵ月/東北の位置付け変え自立を
河北新報 社説 2011年06月11日土曜日
中心に居ると、周縁が見えない。国を治める者にとって地方は政策遂行のための客体であり、地元の意向はしばしば無視される。
中心の身勝手さの例としては、被災地の苦悩を顧みることなく繰り返される不毛な政争を挙げるだけで十分だろう。
大震災から3カ月、おぼろげながら見えてきたことがある。東北は国策に翻弄 (ほんろう)されている。過去も現在も望まない役割を背負わされ、日本を下支え してきた。震災は国土構造のゆがみを白日の下にさらした。
日本の中の東北の位置付けを変えずして、本格的な復旧・復興などあり得ない。 東北の自立を主張すべき時だ。
仙台から南へ約1800キロ。在日米軍基地の75%が集中する沖縄で、こんな声を 聞いた。「今こそ沖縄から被災地支援を」
米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設先として日米両政府が想定する名護市 辺野古地区。海上ヘリ基地建設に反対する人たちが5月初めから、「米軍への 思いやり予算を凍結し、被災地支援に充てよ」と、署名活動を始めた。
米軍駐留経費の負担について今後、日本側が5年間にわたり現行水準(2010 年度1881億円)を維持するという協定案が成立したのは3月31日のこと。 同じ額を被災者支援に回せば、50万人に毎月5万円を3年間支給できると反対協 の人たちは訴える。
共同代表の安次富(あしとみ)浩さん(65)は「被災者が苦しんでいるこの タイミングで思いやり予算をもらって、オバマ米大統領は恥ずかしくないのか。 基地も原発も、アメ(カネ)で地元をがんじがらめにするという点で根っこは同じ」と 明快だ。既に6千人以上の署名を集めた。
片や文字通り基地を提供することで日本の安全保障を支え、こなた電気や食糧、 人材を首都圏に供給する「基地」として。沖縄と東北が戦後、たどった道は 酷似している。
震災発生から3日後、沖縄の地元紙・琉球新報は河北新報の社説を引用しながら 「共助の精神は、独り東北地方だけのものではないはずだ」と訴えた。沖縄が 東北の窮状に共感するのは単なる偶然ではあるまい。
沖縄国際大の佐藤学教授(政治学)は「人ごとの論理が、基地問題も原発問題も 見えなくしてきた」と指摘する。本土にとって都合の悪い基地は、沖縄の民意が どうあろうと押し込めておく。ネオンこうこうと輝く不夜城東京も、電源地帯に思いを 致すことなどしてこなかった。
平和を望むが、基地は要らない。電気は欲しいが、原発は来てほしくない。 「人ごとの論理」とは自己中心と同義語である。地元にもたらされる公共事業と雇用、 わずかばかりの補助金がそうした矛盾を覆い隠し、都市と地方を分断してきた。
一向に動かない基地問題にいら立ち、沖縄では「差別」と捉える見方が広がって いる。地方を踏み台にした国の繁栄など私たちは望まない。物言わぬ東北から 物言う東北へ。大震災からの復興を歴史の転換点としたい。
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