2012/06/23(土) 21:53|震災

「がれき」焼却

 ブログに書いたり、通信『ぜいとぅーん』にも書いた内容を少し修正しました。ウィンドファームの中村隆市さんが「被災地でも広域でもガレキを焼却してはいけない」としてブログに掲載してくれました。1ヶ月前ですが、、、。自分でも載せます。

5月23日
* * * * *
 放射性物質に限らず化学物質やアスベストなども大量に含んだ「がれき」を遠くに運んでしかも焼却するのには反対です。しかし、宮城県内で、毎日24時間、燃やされ続けてるのも受け入れがたいことです。

 宮城県の津波被災地域各地では、いま、仮設焼却炉が完成し、順次、フル稼働し始めています。仙台は、県内では例外的に、がれきの分別・リサイクルが早く進み、仮設焼却炉も昨年末から稼働しており、仙台のがれき約150万トンを順調に処理しています(リサイクルしていいのかという大きな問題もありますが)。そして、まず、並行して石巻地区のがれき(木屑を中心に)10万トンを受け入れ、早ければ7月から焼却の予定です。このままでは、どんどん宮城県各地のがれきを仙台が処理する流れではないかと思います。
 仙台の3ヶ所の仮設焼却炉のうち、最大の処理能力(一日300トン)は、若林区荒浜の焼却炉。私の自宅から10キロ離れていません。がれきの広域処理阻止、ではなく、焼却阻止、を言わないと、自分たちの上に、再び降って来る放射性物質が増えるだけなのです。
 地震、津波、原発事故とトリプルで被災した宮城県。私たち自身は、なかなか、がれき処理、ゴミ処理まで声をあげる余裕がありません。
 なぜ、「どうやって処理するか」ではなく「どこで処理するか」に焦点がずれてしまったのだろうと思います。どんな施設でどんなふうに燃やされ、灰が処理されているのか。そもそも燃やしていいのか。
 一緒に考えて頂けたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
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 後日談。
 京都から友人が来てくれたので、仙台市沿岸の仮設焼却炉を見に行きました(車で30分程度。いつでも行けると思うと機会がないとなかなか行かないもので)。日曜日でしたが、若林区の2ヶ所のうち、1ヶ所はお休み、1ヶ所は操業中で煙がもくもく出ていて少しくさかったです。お休み中の仮設焼却炉の入り口では、0.08~0.09マイクロシーベルト。操業中の方は(ちょうど煙は私たちの方に向かっていました)0.1マイクロシーベルト前後でしたが、誤差の範囲かよくわかりません。仙台市沿岸部は、津波の後の泥をかき出したためかわかりませんが、土壌汚染は意外に低い、という話も聞きました。仮設焼却炉は昨年末から稼働しているわけですが。
 仮設焼却炉の周り、私たちが子どもと一緒に何度も遊びに行った海岸付近は、、、。震災後、ほとんど変わっていません。基礎だけ残った家々の跡。壊れたままの家。排水システムが壊れたままなので、水がたぷたぷとあふれそうになっている田んぼ(田んぼは、来年もまだ復興は難しそうだという話を聞きました)。でも、畑を復活させるために、畑の中のこまかいがれきを手で取り除いているボランティアの皆さんが活動中でした。

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追伸:さらに後日談。6月19日の河北新報です。

 仙台市は、東日本大震災で発生し市内の仮設焼却炉で処理を進める約24万トンの災害廃棄物について、来年5月末までに処理が終了するとの試算をまとめた。市は当初、来年夏ごろに処理が完了するとの見通しを示していた。
 市によると、6月10日現在で全体の約4割に当たる9万7000トンの処理を終えた。昨年10月に稼働した仮設焼却炉3基が1日約480トンを処理しており、来年5月末ごろには全量を処理できる計算になったという。
 ことし5月に受け入れを表明した石巻地区(石巻市、東松島市、女川町)のがれき10万トンに関しては、当初の予定通り7月までに搬入を開始する考え。これに伴い仙台市の仮設焼却炉の稼働は、来年12月まで続く見通し。

この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=41


2012/05/15(火) 16:19|震災

お知らせ

 慌ただしい毎日が続き、なかなかブログが更新できずにいます。
 いまは、新シーズンのオリーブオイルの入荷をお知らせするパレスチナ・オリーブの通信『ぜいとぅーん』の原稿書き。そして、5月20日(日)の矢ケ崎克馬さんの仙台講演会の準備で手一杯です。講演会は中身も楽しみですが、これを機会に、宮城県内の市民測定室や事故後の放射能対策に取り組む団体の連携が取れたことが嬉しいです。

 「せんだいコミュニティカフェ準備室」のサイトに、コミカフェの活動報告と会計報告を載せました。遅くなってすみません。他に、矢ケ崎さんの講演会のお知らせ「ふくしまほっこりカフェ」のお知らせも載せています。原発事故によって仙台から県外に避難移住している人たちがいる一方、福島県から仙台圏に移住して来た人も約2000人いらっしゃいます。
 仙台・宮城は、地震・津波もあったため、どうしても放射能問題は他地域に比べて(市民レベルでも)取り組みが遅れがちでしたが、とくに福島県に接する宮城県南部には多くの放射性物質が降り注ぎました。一部で福島県郡山市の子どもより高い被曝が報告されているほどです(ガラスバッチによる計測結果)。今頃、行政が(たいてい移染でしかない)「除染」を始めています。魚や山菜の出荷制限も続いています。

 そして「がれき」の話。どうして「どうやって処理するか」ではなく「どこで処理するか」に焦点がずれてしまったのだろうと思います。放射性物質に限らず化学物質やアスベストを大量に含んだ「がれき」を遠くに運んでしかも焼却するのには反対ですが、宮城県内で、毎日24時間、燃やされ続けているのも受け入れがたいことです。津波被害にあった沿岸地域にも焼却場ができて稼働し始めています。仙台は、仙台のがれき約135万トン(うち焼却予定は約24万トン。仮設焼却炉で焼却)を順調に処理しており、石巻のがれき(木屑など可燃物)10万トンを受け入れ・焼却の予定です。仙台はがれきの分別・リサイクルを進めていてそれはそれで心配です。書きたいことは他にもあるのですが、また後日。

 春休みに、息子と二人で沖縄・伊江島に行って来たことをぜひ報告したいのですが、これもまた後日書きます。震災以来、関西でカンパを集めて頂き伊江島の野菜を仙台に送って頂いていましたが、それが発展して「はなつちの会」が発足しています!
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=40


2012/03/15(木) 02:19|震災

『3.11 キヲクのキロク』

  3月11日の仙台はとても静かでした。
 適切な言葉が思い浮かびませんが、それぞれ個人的に1年を振り返り、死者を悼んでいたように思います。公の追悼式典などはありました(仙台市の死者は約700名だと思っていましたが、仙台市のサイトを確認したら関連死を含めて約900人になっていてショックでした。3月初めには法事を多く目にしました)。

 『キヲクのキロク 市民が撮った3.11大震災』(NPO法人 20世紀アーカイブ仙台)が出ました。震災以来、多くの写真集が出ていますが、これは報道写真とは違う、市民が撮った震災記録です。「被災地の日常」「身近な『生活の中の震災』」
 この写真集を企画した佐藤正実さんがインタヴューの中で語っていたことにハッとして、すぐに本を買いに行きました。

「写真を撮った時のことを聞くと、多くの人たちが『津波の被害を受けていない私たちが話をしても、、』と言う。聞きながら、よりその気持ちが強まりました。例えば仙台市民のほぼ全員が目にし、体験したはずの光景がある。でも、私たち自身が被災の強弱を比べて、それを話すほどの体験でないと決めつけてしまえば、記録するすべきことの多くが語られないまま忘れられていってしまう」

 仙台市民のほぼ全員が目にし、体験したはずの光景、、、給水やスーパーに何時間も並んだ人の列、空っぽのコンビニ、共同生活。あまり報道されなかったのではないでしょうか。非日常が日常になった生活。
 パレスチナの人たちがイスラエル軍に対峙している報道だけでは、パレスチナの生活が伝わらない、と思うことがよくありました。だから、私は、主に生産者を通してですが、パレスチナの人たちの日常生活を伝えようとしてきました。
 同様に、震災の報道写真はどこか生活感がない気がしていました。衝撃的すぎるからでしょうか。暮らしている人が撮った写真ではないからでしょうか。
 仙台市民の私だから、この写真集を特別だと思うのかもしれません。多くの友人・知人たちが撮った写真、写っている写真があり、(写真提供者として)友人・知人たちの体験記録も載っています。
 でも、全国の皆さんにも見て欲しい、そう思ってしまう写真集です。仙台の本屋さんではどこでも買えますが、全国的には、アマゾンとジュンク堂で買えると聞きました。

 せんだいコミュニティカフェ準備室としてかかわった、「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の中の「暮らしのシェア」も、仙台市や近郊の生産者さんやお店から話を聞いた生活記録です。あと1回で終わりますが、どれも充実した内容です。ぜひ、ご視聴下さい。

 皆さま、この1年本当にどうもありがとうございました。
 来年もよろしくお願いいたします。
(私だけでなく友人たちも同様の気持ちになっていて、3月11日は「良いお年を」と言って別れました。)


追伸:言及しない訳にはいかないこと。震災直後、水と食料を求めて何時間も子どもと一緒に外で並んでいたことを、いま後悔している親御さんが多数います。畑の野菜を配り、炊き出しをした農家の方が、ぼそっと「汚染された野菜を配ってしまった」と言ったことがあります。写真集を見れば、壊れた家屋の木材を燃やして暖を取っていた人々の姿があります。いま振り返れば、危険なことです。でも、知らなかった。そして、飢えと寒さで衰弱死した方もいらっしゃった中、他にどうにかできたとも思えません。悔しいです。

この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=39


2012/02/23(木) 01:12|震災

街のなかの村祭り

  仙台も最高気温が5度を超えるようになり、少し寒さが緩んできました。
 これまでの寒さで、仮設住宅の水道管が凍結・断水して慌てて布をかぶせている、という話を聞いてやりきれない思いでいました。宮城県で水道管むき出しでは凍結するのはわかりきっていることですが、行政の対応は本当に常に後手後手です。

 2月10日の日経新聞の社説に「震災から11ヶ月経ち、被災地では仮設住宅の整備や道路などのインフラの復旧はおおむね終了した。」と書いてあって目が点になりました。どこの話をしているのでしょう? パレスチナ・オリーブの目の前の道路は、「これから補修に入るため3月末まで一車線減少します」と連絡がきました。道路の補修は3年かかると言われています。「路面下空洞」も多数見つかっています。浄化センター(下水処理場)の再建も3年かかるそうです。
 沿岸地域は、利用計画は発表されても異論も多く、交通、電気・水道など何も復旧していません。集団移転のため買い上げとなる土地も、仙台市で坪あたり1万円程度の金額が言われていますが、他の市町村では数千円という話も聞きました。元値をはるかに下回る厳しい価格です。
 近所でも地震で被災した住宅の取り壊しがあちこちで行われています。行政の負担による取り壊しの期限が迫っていることもあるようです。解体直前の素敵な古民家の方にお会いしたのですが、あれこれ道を探ったけれど取り壊ししかないと、とても残念がっていました。

 今更ですが、仙台・宮城はずっと「被災地」です。毎日、体に感じる余震があり、ずっと震災と向き合う日々。行き交う人が全員被災者で、ここで、震災に関係ないことなんて何一つありません。
 先日、パレスチナ・オリーブの大家さんにばったり会いました。大家さんの事務所が津波で流されたのは知っていたのですが、「賃貸契約書自体も、契約書のひな形も何もかも流された(契約の中身も分からなくなっている)」と聞いて、それに思い至っていなかった自分に驚きました。震災後「言われればそうだけど全く思い至っていなかった」は数多くあるのですが、震災後1年近く経ってこんな身近なことがわかっておらず、衝撃でした。

 そんな中、先週末の19日に「おとのわ」が開かれました。
 東北から子ども達の安全な未来とあたらしい暮し方を自分たちの手で育み、発信していけるよう音楽をエネルギーに、歌い、踊り、つながり合う場。
 すごかったです!! とても暖かな空間でした。
 コミュニティカフェのブースにいたので、全然ライヴの会場に入れなかったにもかかわらず、楽しかった〜。(子ども向けのイベント、というわけでもないのに)本当に子連れで来た方が多かったです。小さい子どもが100人はいたと思うのに、騒がしい感じは全くありませんでした。本当にいろいろな方が集ってくれました。
 放射能情報を求めてきた方にも、いろいろな人/団体を紹介してつなぐことができました。「福島応援チケット」での入場もありました。
 ミュージシャンの皆さんも普通にブースに来て、ネパリ・バザーロのフェアトレードコーヒーや、七草農場の人参ジュースを代金を払って飲んで下さいました。
 参加者の皆さんもみな、楽しんでくださったようです。「おとのわ」の当日と数日間の感想ツイートの嵐。読んだら泣けてしまいました。みんな、こういう集まりを待っていたんですね。

 この「おとのわ」の中心スタッフであり、「せんだいコミュニティカフェ準備室」で一緒に活動している「book cafe 火星の庭」の前野さんのインタヴューが宮城県の復興応援ブログに載りました。仙台の様子をよく伝えていると思いますので、ぜひお読み下さい。

宮城県復興応援ブログ「ココロプレス」


追伸:
仙台・宮城での暮らしを提案していく : 避難移住/保養を紹介する
測定して不検出なら宮城の野菜(食材)を使う、売る : 土壌汚染の心配のない遠方の野菜を使う、売る

 などなど。
 いろいろな意見があると思いますが、私は、どちらかではなく、両方やっていくしかないのだろうと思っています。ただ、(野菜に放射性物質が移行しなくても土壌にはあるので)農家さんの被曝問題をどう考えたらいいのだろうと思います。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=38


2012/02/07(火) 00:03|震災

コッペさん

 1月8日、せんだいコミュニティカフェ準備室で協力している「暮らしのシェア」の第6回で、「パンとクッキーの店 コッペ」の飯嶋さんから話を伺いました。パレスチナ・オリーブで扱っている、オリーブオートミールクッキーとザータルスティックをつくって下さっている仙台のお店です。
 障害のある人もない人も一緒に働き、街の中のパン屋さんとして20年以上やってこられました。パレスチナのオリーブオイルを使って作っているオートミールクッキーは「食べだしたら止まらない!」と根強い人気があります。
 これまでどうやってきたのか。震災時、震災後、ライフラインや流通が止まった中でどうしたのか。障がいを持った人たちが震災で直面したこと。原発事故後、新たに出てきた問題にどう対応していくのか。今回も中身の濃いお話です。ぜひ、お聞き下さい。


 なお、オリーブオートミールクッキーとザータルスティックの原材料の国産小麦については、2012年2月製造分までは、昨シーズン(2010年収穫)の小麦を使用いたします。その後については、製粉会社は青森産小麦を中心に国内産小麦を販売、ロットごとに測定予定です。クッキー製造者のコッペさんの測定態勢など、後日報告いたします。飯嶋さんのお話にもあるように、市民測定室なども利用予定です。

追記:2012年4月製造分まで2010年産の小麦を使用することになりました(2月17日記)。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=36


2012/01/08(日) 23:09|震災

2012年

  皆さまに支えられた2011年が終わるのあたって、きちんとお礼と状況を書きたいと思っていたのですが、あっと言う間に年が明けてしまいました。昨年は本当にどうもありがとうございました。
 今年も余震で始まりました。1月1日から震度4の地震。私は実家(新潟)にいたので免れましたが、ちょっとがっかりです。今日(1月8日)は、既に4回ほどの体に感じる地震がありました、、、。年が明けても状況が急に良くなる訳ではありませんが、どうしても(!)良い年にしたいです。

 パレスチナ・オリーブの事務所が入っているビルの敷地は、震災で地盤沈下、配水管の修理が必要だったのですが、業者さんが忙しく12月下旬にやっと工事がありました。クリスマスの三連休も工事をされていて、「大変ですね」と声をかけましたら「休み欲しいです〜」と言っていました。
 工事の順番待ち、、、まだまだ続いています。家の2階が壊れた、という知人、修理がいつになるかわからないとのこと。アパートの大家さんも大変です。修理をするのは大家さんですが、半壊認定された方への義援金など、大家さんではなく入居されている方に出るのです。(物件が不足しているので)ほとんどの方は半壊でも住み続けていますが、大家さんは自腹で修復しなければなりません。全壊などで住めなくなったアパートも早く直して入居者を入れたいのに、業者さんがいつ来れるのかわからないのです。また、住宅の全壊・半壊にはお金が出るのですが、店舗が壊れた場合には何も出ません。

 話変わって。
 きちんと報告できてなくて本当に申し訳ないのですが。沖縄・伊江島からのお野菜をいろいろな集まりに送って頂くこと、続いています。そのほかにもお声掛けを頂き、熊本の野菜を買って送って頂いたり、長野や滋賀のお野菜をカンパで送って頂いたりもしています(コミカフェやこども園、ちいたびなどで利用させて頂いています)。

 さらに話変わって。
 神戸のフェアトレードショップで"one village one earth 東北だより"開催中です(2012年1月6日〜2月1日)。
 仙台でお世話になっている「コッペ」さん、「まどか荒浜」さんの商品が買えます。まどか荒浜さんは津波で被災しましたが、仮作業所に移って活動されています。お近くの皆さん、ぜひお出かけください。

  そして!!
 2月19日(日)に仙台で「おとのわ」をやります。
 原発事故後の仙台で、どう暮らしていくのか(もちろん避難もありです)。音楽を聴きながら、おいしいものを食べながら、素敵なグッズを眺めながら。一緒に考える機会になると思います。宮城だけでなく全国からのご参加をお待ちしています。

この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=34


2011/11/24(木) 22:52|震災

原発震災の8ヶ月(仙台)

  今朝、4時半に震度3の地震で目が覚めましたが、その後、なかなか眠れずに苦労しました(宮城県は場所によって震度4でした)。「余震」が8ヶ月間、毎日、、、どうなっているんでしょう!

 原発事故も。避難するかしないか、放射線量の高い 雨樋の下や側溝の土をどうするか、何を食べるか食べないか。8ヶ月経っても状況は変わらず、情報収集にも日々の選択、決断にもみな、疲れています。子どものいる人たちは気にし続けているけれども、みなで話題にすることは減ってきたとも聞きます。仙台あたりでは、子どものいない人は全然気にしていないようです。
 7月27日のブログに書いたように、関西でカンパを集め沖縄のお野菜を仙台に送る企画を考え、さらに、4ヶ月間息子を京都で預かってくれた友人が来仙するので、コミカフェ準備室で第2回の車座カフェトークを企画しました。「母子週末保養プロジェクトちいさなたび Japan」のゆんたさんもゲストです。
 このプロジェクトは、放射能汚染地区におり、様々な事情のために避難移住できない母子のために、週末などに比較的汚染程度の低いエリアの宮城県内で合宿しながら、母子双方の心身の保養を目的とするというものです。遠くに避難移住できなくても週末に仙台近辺になら出たい、そういう方も多いのです。

 宮城県の食品の汚染状況について。不十分な宮城県の測定でさえ、魚類でまんべんなく検出され、一部の野菜で高い値のセシウムが検出されています。キノコ類が高いのはよく知られている通りです。最近気になっているのは、一部で180ベクレル、240ベクレルと言った結果が出ている大豆。乾燥してから測るので高くなるのでしょうか(そうなのかどうかよくわかりません)。柚子も一部で60ベクレルの値が出ています。
 原乳は、震災以来ずっと、5ベクレル程度の値が出ています。そして、宮城県は乳製品の値を件際していませんが、新潟県が新潟で流通している商品を計測しているため、宮城県の乳製品(商品)も測っていますが、宮城県産の牛乳で20ベクレル程度の値が出ています。
 このため、仙台市内でも、給食の牛乳を飲まなかったり、お弁当を持っていったりしている子どもたちがいます。しかし、仙台では(全国的にでしょうか)、放射能汚染を理由に給食を食べないことが認められていないので、お弁当を持参している人たちも給食費を払っています。そして、牛乳も子どもたちの人数分届きます。つまり、牛乳を飲まない子の分が余り、結果、他の子が喜んで2本飲んでしまうのです! 自分の子を被曝させたくなくて牛乳を飲ませないと、2倍牛乳を飲む子どもが出てしまう。小学校でも中学校でも、複数のお母さんから「堪え難い」という声を聞きました。

 食べる人も作る人も確かめたい。宮城県では二つの市民測定室が始まります。
 11月23日、宮城県南部に、みんなの放射線測定室「てとてと」がオープンしました。 

 「小さき花 市民の放射線測定室(仙台)」もまもなく、11月27日にオープンです。


 「暮らしのシェア」も第5回目まで終わりました。
 皆さん、多かれ少なかれ、放射能汚染問題に触れています。5回目のゲストは、佐藤商店の佐藤博子さん。小さなお子さんのいるお母さんであり、震災直後「頭の中は100%原発事故だった」という一方、地域のお店として休まず販売を続けました。このブログでも紹介してきている「まめまめ手仕事プロジェクト」もされています。ぜひ、お聞き下さい。


追伸1:
 京都に疎開していた息子は甲府へ移住し父親と暮らしています。私は月に数回、息子に会いに甲府に通う生活となりました。

追伸2:
 宮城県議会選挙や女川町議会選挙では、女川原発のある女川・石巻で脱原発派の得票が伸びました。3月11日の地震ではタンクがごろりと横になり700ヶ所以上も壊れ、4月7日の余震では1時間半、冷却機能が喪失していた女川原発。来春再稼働の予定がまことしとやかにささやかれています。怖すぎます、、、。
→女川原発について参照:みやぎ脱原発 風の会


この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=32


2011/10/20(木) 18:55|震災

地元のミニプロジェクト

  被災者も支援者も、体力の疲れのピークは過ぎましたが(みながばたばた倒れる時期がありました)、精神的な疲れのピークはこれからでしょうか。(震災直後には「心のケア」チームの人たちをケアするチーム、がいたりしましたが、いまも必要だと思います、、、) 震災直後はただ必死だったのがぽっかりと喪失感が出てきて、、いまから震災1年後くらいが一番精神的にきつい気もします。当初は、みんなで助け合っていたのが、いま、様々な格差(被害の状況だったり仮設住宅の状況だったり)で感情的な軋轢が大きくなっていると聞いても、みんな弱っているんだから当然だよな〜と思ったりします。
 仮設住宅では、支援団体や住民の皆さんで、ひさしや棚を作ったり、寒さ対策で窓にプチプチを貼ったり、、、と大忙しで人手不足です。1戸500万円もするのに、狭くて寒くて結露もひどい劣悪な環境(場所によって-委託業者によって仮設住宅の品質は異なります)。宮城県は、岩手県や福島県の仮設住宅と比べてもひどい、と言われています。本来はある程度の生活環境を用意するのは支援団体ではなく行政の仕事ではないかと思いますが、待っていると本格的な冬に入ってしまいます。
***
追記(10月24日):
 今日のニュースによると、行政による仮設住宅の寒さ対策が始まりましたが、終わるのには2ヶ月かかるそうです。仙台でさえ、最低気温が10℃を切る日が多くなり、気仙沼など北部では5℃くらいの日が増えてきているのですが。一方、宮城の仮設住宅で亡くなった方は(自殺された方を含め)既に12人以上になっているそうです。そして、この2つが宮城県の今日のトップのTVニュースでしたが、全国放送では何も流れないのです。被災地で流れているローカル報道と全国放送の乖離。震災直後からありましたが、最近ますますギャップを感じます。
***

 直接に沿岸地域支援までやる余裕はないから仙台の街中でできることに集中しようと沿岸地域にはあまり行っていなかったのですが、先月下旬、(震災前のつながりも震災後のつながりもあり)石巻・十三浜と気仙沼・本吉に行ってきました。泥に埋まっていたところがいま草原となり、壊れた家や船はまだ散見されますが、むしろ、美しい風景が広がっていました。海も当初は濁っていたようですが、もう青く美しく見えました。ヘドロのにおいも減ったと思います。
 パレスチナみたいだな、と思いました。風景はあくまで美しい。イスラエル軍に破壊されたパレスチナの村々の跡地。よく見れば痕跡がありますが、言われなければ野の花が咲く美し場所だったりします。
 仮設住宅でのお茶会に参加したのですが、いいお天気で年配の女性たちの笑顔が嬉しかったです。まだ「当日どうだった」という話が出てきます。

 そんなこともあって、私自身がゲストの皆さんの話を伺いたくてせんだいコミュニティカフェ準備室で以下の企画を立てました。
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車座カフェトーク
「支援の現場からーそれぞれのつながり方ー」
 震災から7ヶ月半。いま、沿岸被災地の人々はどうしているのか、何が必要なのか。仙台に住む私たちには何ができるのか、どうやってつながっていけるのか。みんなが元気になってお金も入る方法は??
 それぞれのやり方で被災女性の仕事づくりを支援しているゲストと一緒に車座でおしゃべりしましょう! 当日、それぞれのゲストが関わるプロジェクトの素敵な手仕事品なども買えます。

 私は、パレスチナで、老いも若いも女性たちが集まって、伝統的な刺繍をしながらおしゃべりしている姿を見てきました。以前は日本でも世界中でもあったこと。いま、顔を合わせて手仕事をする、その大事さを改めて感じます。
 一方で、売り物になるものを作る、というのはワンステップ別のこと。買う人は何を求めているの? どんなふうに売ったらいいの? 作っている人も支援団体も試行錯誤です。パレスチナでは女性の刺繍団体ばかり多数できてしまうということも起こりました。それぞれの共通点や相違点を聞きながら、参加者の皆さんとお話しする中で、たくさんのヒント、アイデアが生まれてくるかもしれません! ご参加お待ちしています。

日時:10月29日(土)10:00〜12:00
(仙台市青葉区本町1-14-30 ラポール錦町1F tel 022-716-5335)
参加費:500円(飲み物付き)
定員:15名
申込・問合先:皆川または火星の庭

【コーディネーター】
皆川万葉(パレスチナ・オリーブ、せんだいコミュニティカフェ準備室)

【ゲスト】
小関あけ美さん(茶ろん もも
 石巻のカフェ「茶ろん もも」の店舗は震災のため休止していますが「うつろひカフェ」としてイベント出店など活動中。震災後、石巻の作家さんたちで作る「福幸の芽」をプロデュース。にこまるクッキープロジェクトの石巻チーフもされています。

 仙台の佐藤商店の佐藤さんとお友達が震災後にプロジェクトを始めました。石巻、東松島などで手仕事が好きな被災者の方に裁縫道具、刺し子の材料を手渡して作っていただいています。

遠藤優子さん(ルーテル教会救援
 支援団体のスタッフとして3ヶ月の予定で宮城に来た遠藤さんでしたが、3ヶ月の予定は3年に変更されました。漁業の復興や仮設住宅の生活支援など幅広く活動している中で、石巻でのミサンガ作り、キャンドル作り、気仙沼・本吉のカード作り支援なども行っています。
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 8月10日のブログで紹介した「暮らしのシェア」も3回まで収録が終わりました。
 どれも、聞き応えがありますので、ぜひ!


(顔出しなしなので一部のみ映像が流れます)

(音声が出るのに数分かかります)

 話変わって。地震の10ヶ月前まで8年間住んでいた賃貸の一軒家が、先日取り壊されました。更地になってしまって寂しいです。子どもが生まれる前から小学校に上がるまで暮らしていた家。長い間、1階をパレスチナ・オリーブの事務所として、2階を自宅として使用していました。数年前にパレスチナ・オリーブの事務所を移転、自宅としてもそこから引越して10ヶ月後の震災。私たちが出た後に他の方が住んでいましたが、震災後はひとけがなくなっていました。築50年の古い一軒家なので、気になって近くを通るとチラリと見ていましたが(もはや他人の家ですからじろじろと見てはいません!)、外から見ると家の壊れ具合はよくわからないけれど、水道管が壊れて水が漏れているようだなあとは思っていました。
 外から見るとよくわからないけれど、中はボロボロだったり傾いていたり、、、というのは、今回の地震の特徴のようです(揺れの具合なのか、建物の耐震のつくりの問題なのかわかりりません)。仙台駅も、外壁がはがれていた他は外からはわかららなかったけれど、中は天井が落ちたり壁にひびが入っていたり、線路が曲がって垂れ下がったり、ひどかったそうです。仙台市内の公共施設のホールも全て天井が落ちたそうで(広くて柱がないからのようです)半年近く閉まっていましたが、外からはよくわかりませんでした。
 そういうわけで、前回のブログにも書いたように、いま、仙台市内では住宅や商業ビルの取り壊し、補修がやっと始まった一方、まだいつ修繕が始まるかわからず、ビルのテナントとして入っているお店が困っていたりもします。まだ、余震も毎日続いていますし!

 宮城に支援にいらした多くの人たちとお会いする日々が続いています。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=30


2011/09/15(木) 17:55|震災

前はどっち?

 6ヶ月分の疲れなのか夏の疲れなのか(息子のいる京都と私のいる仙台の気温差は10℃)、睡眠時間が増えてしまい雑務がたまって、ブログもなかなか更新できないでいます。

 地震当日の夜、パレスチナ・オリーブのスタッフを車で家に送り届けて自宅に帰るとき。大きな余震が続き、道路もひび割れている。停電で真っ暗、どこを走っているのか、よくわからない。両方向4車線ずつあるような交差点で大渋滞の中、信号もないので、あうんの呼吸で右折する。雪も降っている。その緊張感と怖さ、、、。地震後、その当日夜の夢を何度か見ました。最近は、津波から逃げる夢を見たりします。何度も目にしてしまうテレビの映像のためなのか、津波から生き延びた(生き延びてくれた、という感謝でいっぱい)友人・知人から具体的に話を聞いたからなのか、直接、沿岸被災地域を目にしてしまったからなのか、わかりません。私でさえこの有様なのですから、直接経験した皆さんには、まだまだ生々しいことと思います。
 6ヶ月間、目の前のことだけをこなして、一日一日を過ごし、先のことを考えられずにいました。いま、「一歩一歩前へ」などというスローガンを聞いても、「前ってどっち?」と途方に暮れます。
 沿岸の津波被災地域では、6ヶ月の建築制限が延長され、高台移転するかなどまだ復興計画が立っていません。福島原発は事故収束の見通しすら立っていません。その場でどう生活を作っていくのか、移住して新しい生活を作っていくのか。
 仙台の自営業仲間でも「今まで通りの仕事をしていていいのか、疑問に思う」という声が出ています。経営的な話ではなく、目指すもの・やり方が今まで通りでいいのか、ということです。お客さんのニーズとしても、私たち自身がやりたいこととしても。私たちは、震災で傷ついているし、弱っている(震災の何にどう傷ついて弱っているのか、うまく説明できないです)。そこを前提とするしかないと思うのですが、いつ元気になれるのか、前がどっちかわかれば元気になれるのか、まだ迷いの中にいます。

 と、抽象的なことを言っても、日々は進んでいきます。
 凍結されていた(よう見えた)お役所の日常業務が動き出したようです。3月11日に、あと2時間地震が遅ければ終わっていたのに!という、パレスチナ・オリーブの確定申告や消費税の支払いは、3ヶ月遅れで6月に行いました。いま、数ヶ月遅れで労働保険の計算と支払いをしなくてはなりません。自動車税、健康保険、年金なども数ヶ月遅れで一気に来ました(保険、年金は「請求が来ないからまだ払わなくていいのかな、、、」と気になっていましたが、自動車税なんて存在を忘れていました)。
 地震直後は「私のところなんて被害のうちに入らないからからいいや、、、」と思っていた諸手続きにも一応行こうと思っていますが、まだ区役所など混んでいるようです。高速道路用の罹災証明と家屋の一部損の罹災証明。両方とも簡単な書類で取れるそうです。仙台の建物でひび一つ入っていないところなんてないのだから、申請ではなく、全員に配ってしまえば、、、と思ってしまいます。
 地震で壊れた家電もまだ片付けていませんでしたが、そろそろ捨てる気になりました。震災ゴミの仮置き場は4月末で閉まってしまい、粗大ゴミの収集場に持ち込む手数料が安くなっていたのも元に戻るそうです。
 仙台市内での壊れた住宅やビルの取り壊しも9月に入って急に増えた気がします。突然、ぽっかりとした空間に出会って驚きます。自治体によって、取り壊しの自治体負担が(最終的には国の負担か)10月で終わりになって持ち主の自己負担になるためなのか、たんに建設重機がやっと仙台にも回ってきたのか、理由はわかりません。屋根のブルーシートの状況は6ヶ月間、何も変わっていません。「瓦は3ヶ月待ち」なんてことを最初の頃に聞きましたが、いまは「3年待ち」という噂も耳にしました。

 4月に予定されていた統一地方選挙もぼちばち始まっています。仙台市議会選挙は8月末にありましたが、さっぱり盛り上がりませんでした。今後を考えていく上では、どこの選挙も大事なのでしょうが、選挙の気持ちにならず(私は投票には行っています! 投票率は軒並み下がっていますが)。宮城県議会選挙もそろそろのはずだけれど、いつだっけ?という感じです。

 と書いているうちに、また余震。もちろん最初の一ヶ月に比べればたいしたことがないのですが、一日数回は体に感じる地震があります。本当に6ヶ月毎日。震度1くらいだと昼間は感じないのですが、夜は感じやすく目が覚めてしまうこともあります。見ても仕方ないのですが、気象庁の地震情報のページを見ると、毎日、数時間起きに地震があることに驚きます。

 3月13日に仙台でパレスチナ訪問報告会を予定していたのですが、もちろんそれは中止になりました。そして、その時の訪問については、結局、あまりどこでも話していません。パレスチナ・オリーブの通信『ぜいとぅーん』44号での訪問報告をやっとサイトにアップしましたので、よろしければご覧ください。

 中・長期的な取り組みのあれこれ。次こそ書きます。
 明日は、「せんだいコミュニティカフェ準備室」でロックカフェをやります!
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=29


2011/08/10(水) 17:35|震災

宮城の農家さんたち

  前回書いた、わすれン!TVの企画でせんだいコミュニティカフェ準備室が協力している「暮らしのシェア」。
 7月31日に、名取市(仙台の南隣)の農家の三浦さんが、震災前からの活動、震災後の対応(名取の沿岸部もひどい津波被害を受けました)、現在の放射能汚染に対しての考え・対応など、率直に語ってくださいました。せりやミョウガタケなどおいしい伝統野菜を作っている方です。「せりしゃぶ」を知りたい方は、番組を聞いてください。90分ありますが、濃い内容で多くの皆さんに聞いて頂きたいです。放射能問題については後半30分で話しています。三浦さんは、自分でお金を払って、お野菜や土、水を計測してもらっています。

(音声が出るのは3分後からです)

 宮城県の測定が相変わらず不十分な中、農家さんたちの独自の取り組みが始まっています。
 宮城県南の有機農家さんが中心となってつくった「放射能から命を守る宮城県南部の会」が、行政から独立した食品の測定所「みんなの放射能測定室」を開こうという活動を始めています。仙台の農家さんによる「小さき花 市民の放射能測定室(仙台)」もつくられる予定です。いずれも約300万円の装置を買うため、農家さんたちが資金を出し合い、不足分のカンパを募っています。
 そして、三浦さんも、測定室をつくる皆さんも、いま、消費者の私たちと一緒に話し合うことを求めてくださっています。三浦さんは「被曝させたいと思って農産物を作っている農家は一人もいない」「生産者が『買って下さい』で、消費者が『怖くて食べられない』では対話ができない。さあ、困りましたね、とテーブルを囲めるような場を作ることが大事。」と言います。詳しくは、本当に聞いてみてください。また、9月の「ぶんぶんカフェ」では、県南の有機農家さんからお話を伺う予定です。上記のうち幾人かの農家さんは、既に、今年の農業は止めている方もいらっしゃいますが少数派だそうです。

 ところで、小麦の収穫の季節になり放射能汚染の測定結果が出始めています。パレスチナ・オリーブで取り扱っている、オリーブオートミールクッキーとザータルクッキーの原材料の国産小麦については、2011年12月製造分までは昨シーズン(2010年収穫)の小麦を使用します。その後については、決まり次第、お知らせいたします。
 国産小麦でおいしいパンをつくっている仙台のパン屋さんが、今年の小麦に切り替わる頃にパン屋を閉めるという話を聞きました。悔しい限りです。

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