2012/12/04(火) 23:51|パレスチナ

続:ガザ緊急行動

(1)前回のブログでお知らせした通り、11月25日に「停戦しても占領とガザ封鎖は続いている/STOP!!ガザ攻撃 11・25緊急集会」が東京で開かれました。その会場で、ネタニヤフ・イスラエル首相とバラク国防大臣宛の申し入れ書への署名を集めたほか、玄葉光一郎外部大臣への申し入れ書への賛同を募ったそうです。イスラエルの方は既に署名用紙を送付し受付は終了しましたが、玄葉外務大臣宛の申し入れ書については、12月10日(月)まで賛同者を募っています。
 申し入れの文章(ガザ侵攻:イスラエルの軍事行動・市民攻撃を即時停止させるために日本国外務省は積極的に影響力を行使することを求める)と署名の方法については「STOP!!ガザ攻撃緊急行動」のサイトをご覧下さい。

(2)
 ガザの子どもたちを長年支援している「パレスチナ子どものキャンペーン」では、「ガザ攻撃による心的ストレスへの緊急対応プログラム」を既に始めたそうです。また、ガザの支援先の皆さんの声、様子なども随時掲載されています。→ガザ報告

(3)
 P-navi infoさんのブログで、翻訳を中心にガザの様子が伝えられています。


 繰り返しになりますが、報道がなくなっても問題は解決していない!です。
 パレスチナも津波・地震被災地も、原発事故被ばく地もです。(沿岸部を訪れる県外の皆さんが、「え〜、(津波にのまれて以来)何も変わっていないのですね」と驚くことに驚きます。まだ、住める地域、住めない地域の区分けさえ途中で、仙台市の沿岸部も、何もない風景が広がっています。農地再生に向けて、ボランティアの皆さんがこまかい「がれき」を手で拾っていたりします。まだまだ被災地は人手不足です。よろしくお願いします。)

追伸:「パレスチナ」が国連の「オブザーヴァー国家」になりましたが、イスラエルは国連決議への報復として(!)、決議の翌日、エルサレム地区を含むヨルダン川西岸地区での入植者住宅3,000戸建設計画に、ゴーサインを出しました。これによって、周辺に暮らす約2,300人のパレスチナ人が強制追放となる危険があります。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=54


2012/11/23(金) 00:04|パレスチナ

「停戦」でも、、、

 現地時間21日(日本時間22日)、ハマースとイスラエルの停戦が成立しました。報道によれば8日間の攻撃でパレスチナ人160人以上(大半が子どもを含む一般住民)が殺され、1,000人以上が負傷しています。イスラエル人は5人がロケット攻撃などで殺さました。International Middle East Media Centerは、亡くなったパレスチナ人157名の名前と年齢を載せています(死傷者の写真が含まれています)。
 「停戦」しても亡くなった人は帰って来ません。子どもたちを含め、傷ついた人の気持ち、悲しみや怒りは残ります。学校やお店が再開し、暮らしは落ち着きを取り戻すかもしれません。でも、占領とガザ封鎖は続いています。攻撃の前も後も構造は変わっていないのです。
 何が問題なのか、何ができるのか。一緒に考えていきましょう。今週末の緊急アクションは以下の通りです。私自身は緊急行動に参加できずに心苦しいのですが、とりあえず(?)、日々、公正な平和を願ってオリーブ商品を売ってます!


(キャンドル・ビジルに関してはサイト上のお知らせが見当たらなかったので「アル・ガド」さんにリンクしました。「パレスチナ/イスラエル関連を中心としたイベント、テレビ番組、書籍、映画などの情報メモ」が一覧となっているありがたいサイトです)

 英語で読めるパレスチナ・メディアのサイトも例えば以下のようなものがあります(死傷者の写真が載っていることがありますのでお気をつけ下さい)。パレスチナはアラビア語ですが、小学校1年生から英語の勉強も始まります。今回も、メディアだけでなく、普通の人(?!)が、ツイッターやフェイスブックなどSNSを使って、英語でも発信し状況を伝えました。



追伸:
 こんなことを書いている一方で。今朝も(22日)夜中の2時半に地震で起こされました。また、地震の影響による建物の取り壊し、道路や下水道間の修理などで、1年9ヶ月、延々と騒音や(放射能まじりの?)粉塵が続いています。人不足、資材不足で遅れていることも原因のようです。
 パレスチナや被災地、被ばく地のことを考えて、10月に出した『ぜいとぅーん』のタイトルを「理不尽な世界であきらめずに楽しく生きる」としたら、多くの方から共感の声を頂きました(沖縄・辺野古からも)。皆さん、それぞれの場所でそう思って生きているのだと改めて考えさせられました。(とても正直に言えば、私自身は「理不尽な世界であきらめずに楽しく生きられたらいいなあ」という気持ちなのですが。)
 以下、先月書いた通信原稿ですが、改めて載せてみます。

編集後記(『ぜいとぅーん』49号より)
 パレスチナの人たちは、納得いかない不正義が続く状況の中でも、それぞれの生活を楽しんで生きています。それは、占領状態をないことにするとか、向き合わない、ということとは違うと思います。私たちも、地震・津波・原発事故をなかったことにすることが、前向きに生きるすべではないでしょう。非日常が日常になった中で、改めてパレスチナから学ぶことがたくさんあるように思います。世界から見捨てられていないと感じること、その大切さも改めて少しわかるようになりました。皆さん、ありがとうございます!
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=53


2012/11/20(火) 22:23|パレスチナ

占領を止めるために

 情報は入って来るのですが、発信が間に合わずすみません。攻撃が始まって7日目、死者111人、負傷者750人という数字です(数字にすれば、、、です)。本当に、刻々と死傷者が増え続けています。
 ガザ地区は常に攻撃にさらされ、閉じ込められています。でも、今回の攻撃は、2008年末から2009年1月にかけて、約1,400人が殺された攻撃を思い起こさせます。構造はほとんど変わっていません。もう一度振り返る意味があると思います。

 私は、2009年1月、ガザへの地上侵攻の最中に、イスラエル、パレスチナの生産者を訪問していました。ヨルダン川西岸地区でも、ガリラヤ地方でも、みながテレビを付けっぱなしにして怒り悲しみながら、日常生活を送っていました。
(『ぜいとぅーん』35号、2009年2月6日発行より)

 そして、以下の本が、今回の攻撃を考える上でも参考になると思います。当時、イスラエルによるガザ空爆・侵攻を受けて緊急に発表した「ガザ以前、ガザ以後」もまとめられています。
サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ――パレスチナの政治経済学』

(岡真理・小田切拓・早尾貴紀編訳、青土社)、2011年11月発売、定価2600円+税
紹介文章(『ぜいとぅーん』38号、2009年11月6日発行より)


 いま、私たちができることとしてボイコットの呼びかけもされています。
 ヒューレッド・パッカード社は占領下のパレスチナ人を管理するためのイスラエル軍検問所における生体認証システムを開発し納入しています。私は最近まで知らずに、ヒューレッド・パッカードのプリンタを使い続けていて、愕然としました。

 本当は、いま、パレスチナはオリーブ収穫の美しい季節です。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=52


2012/11/20(火) 00:07|パレスチナ

ガザ・緊急行動

 イスラエル軍は空と海からガザ地区への攻撃を続けていますが、さらに、地上戦の準備まで伝えられています。19日夜のNHKニュースでは、ガザ地区の死者は92人と報道していました。いま(23時現在)アル・ジャジーラの英語ニュースサイトを読むと死者は94人。ガザの保健省によれば、少なくても23人の子どもと5、6人の女性が含まれていると書かれています。怪我人も数百人を超え、ガザの病院は大変なことになっているようです。一人一人が家族や友人たちにとって(自分自身にとっても)かけがえがなく、被害を数字で測れるものでは決してありませんが、刻々と死傷者数が増えていることは(止められないことが)やりきれません。
 週末にもイスラエル大使館前などで緊急の抗議行動が行われましたが、今後も東京、関西などで緊急集会が企画されています。(東京は予定が確定次第お知らせします)。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=51


2012/11/17(土) 07:12|パレスチナ

またもガザ攻撃

 ブログに他にも書きたいことはありますが、ニュース等でご存知のように、またガザ攻撃が始まってしまいました。ここ数日で、パレスチナ人19人(子ども6人と妊娠中の女性を含む)、イスラエル人3人が殺され、ガザ地区のパレスチナ人には多数の怪我人も出ています。
 軍事攻撃がないときでも、イスラエルの占領による苦しみは常にあるわけですが、家族を突然失う悲しみ、避難を余儀なくされること、いまその辛さをより切実に感じます。

 マアン(主にイスラエル内、エルサレムのパレスチナ人労働者のための独立労組。近年は、ヨルダン渓谷のイスラエルの工場で働くパレスチナ人やイスラエル内で働く外国人労働者も支援しています)から以下の呼びかけが届きました。
 分析等、全てに共感しているわけではありませんが、ネタニヤフ政権の勝手な事情(選挙のために人が殺されていい訳がありません!)の参考に翻訳しました。また、マアンはガザ地区のハマス政権に辛口ですが、ヨルダン川西岸地区のファタハ政権も支持しているわけではありません。急ぎのため(英語力の問題ももちろん)粗い訳で失礼します。→原文

ストップ ガザ攻撃!

 独立労組マアンは、ガザ攻撃(戦争)の終了、イスラエルの占領の終了、1967年の境界線に基づいた2国家解決案を求めます。

 2012年11月14日に始まったガザ地区に対するイスラエルの軍事作戦は、4年間を無駄にした右派であるネタニヤフ政権の結果です。ネタニヤフ政権は、ヨルダン川西岸地区と東エルサレムからの撤退について、パレスチナ人と協議することを、頑固に拒否してきました。そして、パレスチナの土地への入植地の拡大を続け、入植地でファシスト・ギャングが強大化するのを見逃して来ました。
 和平交渉(ピース・プロセス)は深い昏睡状態にあり、イスラエルは何一つ解決できない暴力の期間に入ってしまっています。イスラエルの指導者たちは、南部の市民を守ると宣言していますが、みなが知っているように、それは、実のところ、一時的な停戦を意味するに過ぎません。イスラエルのもくろみは、ガザ地区とヨルダン川西岸地区とを切り離した状態にしておいて、いかなる解決の見通しも不可能にしつつ、事実上西岸地区をイスラエル側に併合することです。ハマスが、自らの管理下にガザを起き続けるためにこの切り離しに合意しているという意味で、それはネタニヤフが受け入れられるパートナーということになります。この戦争(ガザ攻撃)で人々は恐怖に陥り、ハマスはイスラエルに都合のいい窮地へと追い込まれます。
 さらに。ネタニヤフ政権は、この戦争を隠れ蓑に、通常のイスラエルの社会的ニーズから人々の目をそらさせようとしています。特に、20人の金持ちに国家資産を売って以来、いっそう厳しさを増しているイスラエル南部のニーズをゆがめています。
 テルアビブの一角に立つと、ビバリーヒルズにいるように感じるかもしれません。しかし、今日、(南部の)ネゲブ砂漠のアラブの町、ユダヤの町では、貧困、失業、公的サービスの削減を見て取ることができます。ネタニヤフ政権が苛酷な緊縮財政プログラムを押し進めていることは周知の事実です。今度の選挙で票を失うことを恐れ、(選挙の)政治課題を一転させることをもくろみ、不必要な戦争を始めました。既に、数十人の死者が出ていますが、まだ続いています。
 ユダヤ人労働者とアラブ人労働者が平等につながっている独立労組である私たちは、真の階級の敵を利する、この流血の戦争に無関心ではいられません。私たちは、今日、パレスチナの同胞たち、ガザ地区とヨルダン川西岸地区の労働者や貧しい人々と共にあります。彼らが、もっとも重く戦争の対価を支払っているのです。
 私たちは、イスラエルの右派政権とガザ地区のハマス政権だけがこの戦争の利益を受け取っていると知っています。両者とも交渉を拒否しています。過激主義が支持されている中で、1967年境界線の両側で(イスラエルでもパレスチナでも)労働者たちは苦しんでいます。
 私たちは、これまでずっと、労働運動の中で、パレスチナ人の同胞、そしてイスラエル人の労働者の側に立ち、戦争に反対してきました。私たちは、国際的な労働運度に以下のことを呼びかけます。ガザ攻撃を止めるように先頭に立って要求して行くこと。イスラエルの占領に反対する、しっかりとした立場を取ること。エルサレムを首都としたパレスチナの独立国家の確立に基づいた平和的解決を進めるように要求すること。金を無駄遣いするだけの戦争をやめて、これらの要求が満たされたときに初めて、きちんとした仕事、教育、健康を提供できる二つ国家をつくることが可能になります。
2012年11月16日
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=50


2012/10/21(日) 18:06|震災

それぞれの選択(「てとてと秋」)

先日、福島原発告訴団の告訴人としての陳述書を書きました。どこまで読んでもらえるかと思いながらもパレスチナのことまで書いてしまい、A42枚びっしりの長さになってしまいました。

 以下、宮城県南部にある、みんなの放射能測定室「てとてと」の通信の紹介です。
 宮城県は地震・津波・原発事故のトリプル災害の被災地ということもあり、なかなか、放射能汚染の影響、人々の気持ち・状況が伝わっていないように思います。貴重な冊子だと思いますので、ぜひ、お求め下さい。

 ちなみに、次回のコミュニティカフェt,able「みちのくらし」のゲストは仙台の放射能測定室「小さき花」の石森さんです。


みんなの放射能測定室「てとてと」の通信
「てとてと秋」のお知らせ

「てとてと秋2012」 (38ページ フルカラー)
1冊 500円 
【主な内容】
  • 測定室から・・・新しい測定器について。てと市などの活動報告、測定からわかったことなど。
  • 特集・・・それぞれの選択 〜今そしてこれからを大切に生きるために〜
  • 宮城県南から四国へ/宮城県南に残った方/宮城県南から大阪へ1年避難し、また宮城へ/福島市から宮城県南へ/宮城県南から仙台方面へ/仙台市から海外へ/仙台市から沖縄へ
  • 測定を向上させるための「手作り遮蔽体」の作り方
  • ・尿検査への取り組み(宮城県七ヶ宿町)など
* * * * * * * * * *
 みんなの放射能測定室の第2号となる通信、「てとてと秋」ができあがりました。
 福島第1原発が収束したとはまったく思えないまま、大飯原発が再稼動されました。「だって電気が足りないとこまるから」とか「原発が動かないと日本の経済はガタガタだ」・・・というような声を聞くたびに、私達が失ったものや痛みはなにも伝わっていないのだ、と思います。
 今回の特集 「それぞれの選択 今 そしてこれからをたいせつに生きるために」は7組のかたにお願いして原稿を書いていただいたものです。住んでいらっしゃる地域もその選択されたことも違いますが、お読みになって、どの方の文章にもきっと共感を覚えるところがあるでしょう。校正を重ね、いただいた写真をレイアウトし、版下を作り、何回も何回も読んでいくうちにこの「託された言葉」をたくさんの方々にお届けしたい、しなければいけないと思うようになりました。この原発事故が何をもたらしたのか、ぜひ知って欲しいから。そしてそれ(伝えること)は「未来を生きる人たちへの義務」でもあると思えました。他の運営委員による特集、測定室からの報告も原発事故がなければまったく不要なことでした。私達もまた「今、そしてこれからをたいせつに生きるために」てとてとの活動を続けています。
 なお、売上金はてとてとの活動費にあてさせていただきます。販売にご協力をいただけると嬉しいです。

【ご購入方法】
  • 冊数、送り先を書いて「てとてと」にご注文ください。電話、FAX、メールのいずれでもかまいません。
  • 送料はご負担いただきますが、10冊以上は送料無料になります。
  • お支払いは後払いです。冊子に郵便払込用紙を同封します。振込手数料はお客様負担になります。

 〒989-1241 宮城県柴田郡大河原町字町200  tel. 0224-86-3135
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=49


2012/10/21(日) 17:53|パレスチナ

宮城・高校生 イスラエル訪問

 すっかり寒くなりました。厚手のコートを引っ張りださないといけません。
 仙台は、地震の影響による建物の取り壊し、下水道や道路の補修などが延々と続いていて、騒音や粉塵が絶えることがありません。一方、沿岸部では、石巻の建築現場で労災が急増している、という報道がありました。

 10月初めに、パレスチナ・オリーブ通信『ぜいとぅーん』49号を出しました。しばらく、震災報告が続いていましたが、久しぶりに、パレスチナのことをまとめました。その中で宮城県の高校生がイスラエルを訪問したことを書きました。宮城県以外ではあまり知られていないと思うので、原稿そのままですがブログにアップします。

宮城・高校生 イスラエル訪問

 日本イスラエル国交60周年と被災地支援が一緒くたにされて大変複雑な気持ちになっています。
 宮城県在住の13人の高校生が7月31日〜8月10日、イスラエル各地を訪問しました。
日本イスラエル親善協会による研修旅行としてであり、国交60年の記念事業の一環でもあります。
 イスラエルは、震災直後の3月末から2週間、宮城県南三陸町に医療団を派遣しました。その「お礼」を述べるために軍施設や外務省を訪問したほか、イスラエルの高校生と交流したり、キブツを訪問したりしました。さらに、イスラエルのハイテク技術が被災地復興に役立つだろうとイスラエル企業も訪問しています。水耕栽培の技術を持ち、宮城県の津波被災地に点滴かんがいセットを寄付したメーカーにも訪れています。担当者は「海水に浸かった地域でも、放射性物質で汚染された地域でも農業を続けられる」と自信たっぷりに語った、と新聞報道にはありました。
 突っ込みどころ満載の訪問でコメントのしようもないのですが、「イスラエルのことをもっと知りたい」「イスラエルに留学して勉強したい」と言う宮城の高校生たちに、パレスチナのことも知って欲しい、と願うばかりです。

 さらに。8月6日、エルサレムで国際芸術工芸祭が開幕し、「仙台七夕まつり」の七夕飾りが会場に飾られました。国交60年を記念し、仙台市の経済人らがイスラエル政府に飾りを寄贈したそうで、上記の高校生たちもイベントに参加しました。
 そして。8月7日には、イスラエルの駐日大使が仙台七夕まつり開催中の仙台市を訪れました。イスラエルの小学生たちがつくった折り鶴約4千羽を、仙台市内の業者が両国の国旗をあしらったくす玉と吹き流し計5本に仕上げ、「イスラエルと仙台市民の友好を示す象徴」としてセレモニーも行われました。駐日大使は、宮城県私立中学高等学校連合会に目録を贈呈しています。連合会は、上記の宮城・高校生のイスラエル派遣に協力しました。
 私は、全て、新聞報道で後から知りましたし、何の抗議もできませんでした。でも、震災が利用されていることが堪え難くて、ここに書きました。

この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=48


2012/09/26(水) 23:52|イベント

シリアに関する集会のお知らせ

 何が起きているのか。私たちに何ができるのか。私も正直、わからないまま、ただ心配しています。
 一般のシリア人はもちろん、シリア在住のパレスチナ難民の人たちも行き場をなくしています。ダマスカスの難民キャンプで殺されてしまったパレスチナ難民の人たちがいます。ヨルダンに逃れようとしたけれど、ヨルダン政府が拒否したため砂漠に取り残されている人たちがいます。レバノンのパレスチナ難民キャンプに逃れたけれど、期限付きでの受け入れを通告されている人たちがいます。
 ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉がシリアに関する集会を開きます。詳しくはミーダーンのサイトをご覧下さい。

討論集会・シリアが私たちに問うもの

【日時】10月8日(月・祝日)14時開場 14時30分開始
※開始時間は多少ズレる可能性があります。必ず直前のお知らせで確認し直してください。
【場所】在日本韓国YMCA 9階国際ホール(JR水道橋駅より徒歩5分、御茶ノ水駅より徒歩8分 千代田区猿楽町2−5−5)
■発言:山崎やよい(考古学者、1989年より約20年に渡りシリア在住)
■その他の発言予定者:
  • 岡田剛士(ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉、元青年海外協力隊シリア派遣隊員)
  • 佐藤真紀(日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)、元青年海外協力隊シリア派遣隊員)
  • シリア支援団体サダーカ・メンバー
  • 田浪亜央江(大学非常勤講師)
  • 山本薫(東京外国語大学非常勤講師、アラブ文学)、ほか
【呼びかけ】シリア支援団体サダーカ、ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=47


2012/09/07(金) 01:30|震災

除染

 私は夏の暑さに異常に弱いのですが、やっと夜は涼しくなって来たので、ブログを一気に更新です!

 宮城県も、重点調査地域(*)を中心に、除染が各地で始まっています。基本的に、除染は移染でしかない上に、時期が遅い(1年半も経ちました!)、やり方がまちまち、私有地の除染は個人に任せられている、除染に従事している人の健康が心配など、問題山積です。

【重点調査地域】放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域。宮城県は9市町村が指定されています。1時間あたり0.23マイクロシーベルト以上の区域を対象に調査、除染を実施。

 宮城県南部の白石市が広報がpdfでサイトに上がっています。除染のスケジュールや水田への塩化カリウム散布、薪風呂などの焼却灰の処分の注意(各家庭で保管)、、、事故から1年半経ってこういう状況。辛い気持ちになりました。

 これらのことは、私にも全く他人事ではありません。以下、ご参考まで(6月のことですが、書こうと思っている間に3ヶ月過ぎてしまいました)。

* * * * *
 去年5月、ガイガーカウンターを手に入れて自宅周辺を計測したところ、自宅前の道路の側溝が地表近くで1.0マイクロシーベルト前後で、その後もずっと0.7~0.8マイクロシーベルト程度ありました。坂道の下のために側溝に土が堆積していたのです。しかし、鉄製のふたが外せず、汚染土をどうすればよいのかもわからないので、やむなく放置していました。

 今年の6月1日。
 0.23の除染基準も一応できたので、お昼前に突然思い立って、仙台市の危機管理室に電話して対応を求めました。危機管理室では、まず地上何cmで計測したのか確認されました。0.23の基準は地表ではない、と。「問い合わせはあるのですが、50cmで計測すると基準値以下なんですよ」
 とは言うものの、仙台市太白区の道路課につないでくれ、夕方、さっそく道路課の方が来て地上50cmで計測してくれました。問い合わせや計測は多いのでしょうか。手慣れた感じでした。
 結果は、5回連続計測で、0.31~0.33くらい。
 区役所の人は、側溝が仙台市の市道かどうか、とても気にしていました。側溝より内側は確実に市道なのですが、側溝は市道と私道の境界で微妙だったのです(私の所有地ではないです)。
 そして、この側溝が市道に入るのだったら「仙台市の市道で初めての基準値超え」と言っていました(測っていないだけでしょうけれど。そんなことあるのでしょうか、、、と思いました)。
 側溝が私有地ならば、民間で掃除するべき、ということのようでした。
「費用は東電に請求すればよいのか?」「除染業者を紹介してくれるのか?」「(基準値超えの)汚染土はどこに処分するのか?」なども訊いてみましたが、全然わからないとのこと。
 いずれにしろ、まず、下水道課に連絡すると言っていたので、私も様子を見ることにしました。

 6月6日。
 突然、「仙台市から清掃を頼まれた」ということで、委託された民間業者の方が調査に来ました(たまたま自宅にいたから気がつきましたが、私には何の連絡もありませんでした)。
 放射線量が特別高い側溝の端だけでなく、土砂がたまっているところ全体の「掃除」を頼まれたそうです。「気をつけてくださいね」と防塵マスクも渡そうとしましたが、いらないと言われました。「福島では、もっとすごいところやっているから〜。いま、汚染土が処理ができないから(置く場所がないから?)、清掃を止められているくらい」=ここはたいしたことがない、と。
 地表で0.7マイクロだったら、キロあたり8000ベクレル以下、の処理基準も超える可能性もあります。土砂が堆積していなかれば、たんに川や海に流れ出ていた放射性物質たちなのでしょうけれど、、、。

 仙台市の危機管理室に「除染」を求めた結果が「掃除」(民間業者委託)。
 とりあえず電話、と思って対応を求めましたが、そんなにすぐに対処してくれると思っていませんでしたし、全体の「清掃」になるとも思っていませんでした。水で濡らして機械(車)で吸い込み、どこかに運ぶ、、、。除染はして欲しいけれど、どこかで適当に処理されるのも困る。とても対応を迷いました。
 自分に余力があれば、適切な処置を求めるとか、除染前に「清掃ではなく除染だから気をつけるように」と近所に知らせるとか、マスコミや議員にも知らせてみる、とかいろいろ方法はあったと思います。忸怩たる思いです。結果として、私は経緯をいくつかのMLに流して情報共有することしかできませんでした。

 6月7日。
 6日に調査があり、7日に清掃が始まりました。9時〜17時に「側溝の清掃をします」ということで、仙台市と業者の連名で近所にチラシが配られました(「除染」とは一言も書いてありませんでた)。小中学生の登校は終わった時間帯です。土に水をかけ、バキュームカーのような車に吸い込んで行いく、という方法でした。側溝にブルーシートをかけながら汚泥を吸い込んでいましたので、そんなに飛び散らなかったと思います。こぼれた汚泥、水は洗い流していました。ミニホットスポットは、40〜50センチ四方、深さも40センチくらいだと思いますが、結局、2日間かけて、道路200~300メートルくらいの両側の側溝を全て掃除してくれました(場所によっては泥もたまっておらず、そこは放射線量も低いですが)。
 作業員さんたちは普通の道路工事の格好でした。吸い込まれた汚泥は、会社で処理した後、最終処分場に運ばれる、と聞きました(処分場は仙台市の隣でした)。
 また、「除染」を求めたのに「清掃」になった件について、仙台市の危機管理室に電話して確認しました。担当の方は「それは言い方に過ぎません。除染には清掃、覆土、撹拌などありますが、今回は取り除く、ということで」と話していました、、、。
 「清掃」の結果、地表5センチで0.7~0.8マイクロあった場所が、0.1以下になりました。側溝というコンクリートの箱にあった汚染土がそっくりなくなったわけです。
 自宅の前から汚染土がなくなったとはいえ、汚染土としてではなく、通常の汚泥として処理されてしまった、というグレー決着で大変複雑な気持ちになりました。

 結局改めて思い知らされたのは「宮城でも福島でも、汚染物質を管理するための施設がまだないんです。遅いですが」と危機管理室の人さえ認めていたことでした。

josen

* * * * *

 それから3ヶ月。ちょうど、河北新報に福島県の除染に関する記事が載りました。

 地元の河北新報(東北地域をカバー)、震災後に購読を始めました。原発事故の問題に限らず、まだまだ毎日、震災関連ニュースです。サイトで読める記事もありますので県外の皆さんもたまに読んでみてください!

オススメ
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=46


2012/09/05(水) 23:02|震災

コミュニティカフェ t,able

 8月30日の早朝に久しぶりに大きな地震がありました。仙台市内は震度4〜震度5強。自宅も仕事場も被害はありませんでした。でも、ヘリコプター、消防車、救急車の音が続き、震災当日の夜を思い出しました。ラジオを付ければ、高速道路が(検査のため)全面通行止め、線路も点検中。「福島第一原発、第二原発、女川原発はいまのところ異常なし、、、」というニュース。揺れそのものより、付随するものが精神的に嫌な感じです。友人たちも、ショックを受けたと言っている人が多かったです。
 こちらは、まだまだ「震災後」で、県外で「風化」が話題になっていると聞くとびっくりしてしまいます。

  ブログでもずっと書いて来ましたが、震災直後から「場」が必要だ!と思い、皆様のカンパに支えられ、「せんだいコミュニティカフェ準備室」として活動して来ました。
 そして、準備室は「コミュニティカフェt,able (タブレ)」として動き始めました! まだ、実店舗はありませんが、場所を借りながら、カフェトークやイベント販売、情報発信を充実させていきます。
 その活動の一つとして「モノとチエをもちより、かんがえ、わかちあう。みちのく+くらし。」をコンセプトにした「みちのくらし」という企画がスタートしています。8月26日に行われたプレトークは「福島と、フェスと、僕の毎日」(ゲスト:南兵衛さん)。おいしいごはんと、豊富な話題で盛り上がり、ノンストップでみんなの話が続きました。9月9日に行われる第1回は「ラディカル・カフェ in 仙台」(ゲスト:佐藤円さん)です。ちなみに、ラディカル・カフェラディ(通称:ラディカフェ)とは、=radiationラディエーション(放射線)+軽くしよう(したい)+カフェ、です。詳しくはコミカフェのサイトをご覧下さい。第2回、第3回、、、と続々、企画中です。
この記事のURL:http://himar-diary.jugem.jp/?eid=45



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